アインシュタイン

アルバート・アインシュタインの言葉にグッときました。
彼は、数々の名言を残していますが、納得というかしっくりきたというか、より一層何かを学ぶことの素晴らしさを再認識したのです。
出典:en.wikipedia.org


「無知」ということは新しい扉。

学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。 
自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる


私は本当に本が大好きで、大量に読みますが、読んでいると「あ!これ知らない。よしこれ関連の本を買おう」と1冊読む間にamazonで数冊ポチってしまうことがよくあります。
大好きな人に貸してもらったとんでもなく注釈の多い立花隆の本など1冊ですごいことになってしまったので、途中amazonのポチっを自制したほどです。
正に、アインシュタインの言葉通り、「無知」とは次の知らない世界への「学び」の扉なんだなと感じたのです。


だが、それは人に言われてするものではない、という事実。

人生の役には立たないかもしれない知識の方がはるかに多いことだと思います。
「学ぶ」ということ、何かの知識を得て、思考し続けるということはとてもわくわくすることで、尚且つ1人でできちゃうことですから誰でも出来る事だと思います。
ですが、それが苦痛だと感じる人も多いのも事実。
私の周りでも本を読まない人も多いですし、そういった時間に費やすよりはもっと他の楽しいことを優先する人も多い。
こういうものは、誰かに言われてすることではなく、自分がそれを、「学び」を率先してこその「無知」という価値が出てきます。


義務教育の「義務意識」の変革を!若い人には気付いて欲しいな・・・と。

学生時代、勉強とはしなければいけない義務であり、楽しいとあまり思えませんでした。
今になって思います、どの勉強も無駄ではなくなんて楽しいものだったのか!と。
きっと先述したように、子供に勉強ってスバラシイよ!学ぶことは楽しいことだよ!と言ってもやはり自分でそう感じなければ意味が無いということが悲しくもあります。

例えば、日本高校の物理の授業内容は、今だに古典物理学レベルの内容しか教えていない。
以前書いた「こんなに“物理”がおもしろいとは・・・!学生の時に知っておきたかったと思わせる宇宙の始まりを解く「物理学」の世界」のように、物理って宇宙の始まりとか、物理学者って全てを数式で表そうとしている人だとか、そういうわくわくする現代物理学のおもしろさなんかをあの頃知っていれば・・・と思ってしまいます。
教科書のことだけではなくて、どんな“面白み”がその学問にあるのかを教えてくれる先生が増えてくれたらと思うのです。



未成年時の教育、それは社会で生きる上での、人としての基礎を作る部分でも大事なところです。
教育次第で何者にも変わります。
隣国のように“反日”を学べば“反日”になる、なんてのが例えでは今はわかりやすいところで、知識も教養も教育からベースが出来上がり、その人の思想にも生き方にも影響を与える人生において最も重要なものこそ“教育”なのです。
何者にでもなれるからこそ、幼少期から、本当の意味での学問それぞれの面白さを教えてくれる教育と先生が増えてくれることを望みます。